はじめに

ブックスタートは、すべての赤ちゃんのまわりで楽しくあたたかいひとときが持たれることを願い、一人ひとりの赤ちゃんに、絵本をひらく楽しい体験と共に、絵本を手渡す活動である。市区町村自治体の事業として主に自治体の財源で取り組まれ、2014 年6 月末現在、全国1741 の市区町村のうち881 自治体(50.6%)が実施している(NPO ブックスタート調べ)。活動を行う自治体に生まれたすべての赤ちゃんが対象となる乳幼児健康診査(以下、健診または乳幼児健診)などの機会に、図書館・保健センター・子育て支援課・市民ボランティアなどが連携して行う。

ブックスタートは、1992年に“Share books with your baby !” のキャッチフレーズとともに、英国で始まった。絵本を読む(read books)のではなく、赤ちゃんと絵本をひらく楽しいひとときを分かち合う(share books)……。そのきっかけを、すべての赤ちゃんのもとへ届けようと始まった活動は、日本では2000 年の「子ども読書年」を機に紹介され、その後、世界各地へと広がっている。また、2001 年4月に発足したNPO ブックスタートは、日本における推進団体として活動の理念を正確に伝え、各地域で充実した活動を継続できるよう、様々な事業を行っている。

このたび私たちNPO ブックスタートがこの『「ブックスタートがもたらすもの」に関する研究レポート』を発行するのは、「ブックスタートにはどのような効果があるのか」という問いに対するNPO ブックスタートとしての答えを用意したいと考えたからである。市区町村自治体の公的事業として、主に税金を使って実施される事業であるブックスタートにとって、これは問われ続ける質問でもある。

あるものの「効果」は、その「目的」と対になって語られることがあり、「子どもへの読みきかせ」という文脈においては、「想像力が豊かになる」「語彙が豊富になる」「知能が上がる」といった「効果」を分かりやすい数値等で示すことが期待されることも多い。しかしブックスタートはそれらを目的とした活動ではないため、私たちはこれまで活動の目的と、子どもへの読みきかせの教育的な側面とを結びつけることはしてこなかった。そして本来ブックスタートが目指したshare books の時間の中で生まれる、親子のふれあいや気持ちの通い合い、喜びや楽しさなどに注目し、それらに対する人々の共感を集めながら活動を推進してきた。

また、ブックスタートは目に見える分かりやすい効果を調査等ではっきりと示しづらい活動でもある。赤ちゃんが育つ環境は様々な要素が複雑に影響しあっており、“ ブックスタートによって”「親子の絆が深まった」「赤ちゃんが幸せに成長した」ということを証明することは非常に難しい。また実施自治体では、ブックスタートの開始と同時に、地域の中で様々な読書推進や子育て支援の取り組みを行うことも多く、何か「効果」のようなものが現われたとしても、それが“ ブックスタートだけによって” もたらされたとは言い切れない場合も多い。そもそも絵本をいっしょに楽しむことの意味や、そこで生まれる幸せな時間にどのような意味があるのかを説明することは難しく、人の心に起こることを数値だけで測り示すこともできないだろうと考えてきた。このような理由から、NPO ブックスタートでは、2000 年に行った東京都杉並区における試験実施以降、ブックスタートの効果等に関する調査は行わず、実施地域への支援に注力してきた。

こうした前提を踏まえた上で、本研究レポートでは「ブックスタートがもたらすもの」について考えたい。第1部と第2部ではその対象を「赤ちゃん」「保護者」「親子の関係性」とし、第3部では「活動を実施する市区町村自治体や関係者」とする。

第1部と第2部では、「絵本のひととき」が「赤ちゃん」「保護者」「親子の関係性」にもたらすものが、“ ブックスタートによって” より多くの家庭に届いている可能性について、2段階の分析によって検討した。 まず第1部では、赤ちゃんと絵本をひらく時間の具体的な事例を分析し、「絵本のひととき」とはどのような時間なのか、その時間が「赤ちゃん」「保護者」「親子の関係性」に何をもたらしているのかを明らかにする。次に第2部で、ブックスタートの対象となった保護者へのアンケート調査を分析し、「ブックスタート」が各家庭で赤ちゃんと「絵本のひととき」を持つ具体的なきっかけになっているかを検討する。つまり、ブックスタートという形を持った活動が、家庭で「絵本のひととき」を持つきっかけとして機能していることが明らかになれば、活動を実施することによって、より多くの家庭で「絵本のひととき」がもたらす成果が享受されていると推測できるのではないかと考えた。

またブックスタートは地域で多くの人が関わり、地域に根ざした活動として展開されている。そこで第3部では、各地の実施状況の詳細や関係者の発言等を分析し、ブックスタートが「活動を実施する市区町村自治体や関係者」にもたらすものについて明らかにしたい。

本研究レポートの作成にあたっては、佐々木宏子 鳴門教育大学名誉教授と、秋田喜代美 東京大学大学院教授に専門的な見地からの助言をいただき、編集の協力をお願いした。また佐々木氏には、第1部で明らかにしたことに対する考察も加えていただいた。

本文では、赤ちゃんや子どもといっしょに絵本を読む行為を「読みきかせ」と記した。実際に赤ちゃんや子どもと絵本をひらく時には、大人が一方的に絵本を「読んできかせる」というよりは、双方の言語的/非言語的なやりとりが中心となるため、近年では例えば「読みあい」という言葉が使用されることもある。しかし今回は、「子どもといっしょに本をひらく」行為を指す言葉として、より一般的に普及しており、より多くの人が同じイメージを抱きやすいと判断し、「読みきかせ」という言葉を使用したことをお断りする。