コラム

代田 知子

  • 司書
  • 埼玉県三芳町立図書館 館長

プロフィール

公立図書館司書として、長く児童サービスを担当。各地で図書館員や保育士向け研修等の講師も務める。著書に、『読み聞かせわくわくハンドブック』(一声社)、『えほん 子どものための300冊』(一声社)など。

第1回 『今できる一番のブックスタートを』

 三芳町のブックスタートは、図書館に隣接する保健センターの4か月児健診会場で行います。親子1組ずつに、対面するスタッフ(図書館職員かボランティア)が絵本2冊を読み、赤ちゃんの反応を見て親が選んだ1冊を進呈。あとの1冊も図書館で借りて帰れることを伝えます。
 三芳町の場合は、この対面式がとても好評です。「わが子への読み方がわかる」「質問しやすい」「スタッフが赤ちゃんの反応を細かく伝えてくれ、自分も読みたくなる」などの感想が届けられています。

  でも当初は、対面式ではなく5組程度のおはなし会形式で行う予定でした。対象は10か月児健診を受診する赤ちゃん。図書館の1歳児おはなし会と同じようにやれば楽しくできると思ったからです。
 ところが保健師に「赤ちゃんが活発化する10か月児健診では難しいかも」と言われ、対象月齢を4か月に変更。すぐに健診を見学してみると、4か月児はおはなし会でよく見かける7、8か月以上の赤ちゃんとは全く違いました。とても小さいし目立った動きもありません。ちゃんと絵本に反応してくれるのか、たとえ親に楽しんでもらえても、わが子が無反応だったら説得力に欠けるのではないか。不安になり、このまま発進してよいものか悩みました。

 もやもやしていた開始2か月前、私の背中を押してくれたのが、実務者向け研修会に講師として来てくれたNPOブックスタートの方でした。講義中に見た各地のブックスタートの映像には赤ちゃんの笑顔があふれており、私も他の職員も「きっとうまくいく」と魔法にかかったように元気になりました。また、4か月児に実施するのが不安だと相談する私に、「変更可能なら対面式に変えたらどうか。一人一人の赤ちゃんのわずかな反応も受け止められる可能性が高い」と提案してくれました。こうして急きょ、1組ずつの対面式に変える運びとなりました。

 それからは、シミュレーションで対面式の猛練習。話す速度、読み方などを確認し合う中でスタッフの結束も固まり、初のブックスタートに臨めたのです。
 私たちは今、「4か月の赤ちゃんも、絵本に興味を持ち楽しみますよ!」と自信を持って言うことができます。そして、自分たちだけで悩むのではなく、情報収集の窓を開く大切さを実感しています。

第2回 『お母さんこそ楽しんで欲しいブックスタート』

 ざわついた4か月児健診会場の一角で、初対面の保護者に「赤ちゃんと絵本を楽しみましょう」とすすめる三芳町のブックスタート。当初は、興味が無いと面倒がられたりした らどうしようと不安でした。でも、始めてみれば、いやがる 保護者などおらず、むしろ赤ちゃんより喜んでくれるお母さんがたくさんいたのです。

 あるお母さんは、『じゃあじゃあびりびり』(まついのりこ 作絵・偕成社)に息をはずませ喜ぶわが子を見て、「分かるんだ!」と大喜び。特に「みず、じゃあ、じゃあ」の場面を好むので、赤ちゃんによって好きな場面や音が違うと伝える と、「もう好みが分かれるのね」と笑い、「今日は、この子と はじめておしゃべりができた気がする。ちゃんと心があることも分かった。嬉しい記念日です!」と話してくれました。  

 もう一人、忘れられないお母さんがいます。あの日、赤ちゃんを抱き、下を向いて私の前に座ったのは、ぼさぼさな 茶髪が目立つ10代のお母さんでした。痩せて、だるそうで 無表情。一目で苦労している日常が想像できました。でも、 こうして赤ちゃんを健診に連れて来たのです。えらい!頑 張った!と褒めてあげたくて、思わず、「いいお母さんねえ。 連れて来るのは大変だったでしょう?」と声を掛けました。 すると、彼女は顔を上げて私の顔を見、それから無言のまま、私が読む『いないいないばあ』(松谷みよ子文・瀬川康 夫絵・童心社)をじっと聞き始めたのです。そして読み終わると、ぼそっと、「ぐりとぐら、読んだよね」

 いったい何のことかとよく聞いてみれば、彼女が小学1 年生のとき、司書の私がブックトーク訪問で教室に行き、 『ぐりとぐら』(中川李枝子文・大村百合子絵・福音館書 店)を読んだ、と言うのです。「絵本を読んでもらったから、 思い出した」。彼女の言葉に、私はびっくり仰天。だって、 たった一度、教室で『ぐりとぐら』を読んだ図書館の人のこ とを、ちゃんと覚えていてくれたのですから。  目を丸くする私に彼女は、「家に『ぐりとぐら』があって、大好きな絵本だったから、学校で読んでくれたのがすごく嬉し かった」と、ぼそぼそと、でも一生懸命に話してくれました。

 「すごいわねえ。子どもは、好きな本を読んでくれた人を 忘れないとよく言うけれど、あなたが証明したわね」という と、彼女は笑ってうなずきました。「他人のことだって覚えているのだもの。赤ちゃんは、大好きなお母さんが読んでく れた本を絶対に忘れないわよ。たくさん読んであげてね」  

  何とか頑張って赤ちゃんを育てようとしているこの若い お母さんを、今、子ども時代の幸せな思い出が応援している。 そう思えてなりませんでした。

第3回 『図書館での再会が嬉しいブックスタート』

 ある日、図書館に本を返しに来た女性が、私を見て「あっ」と笑顔になりました。数か月前にブックスタートで担当した赤ちゃんのお母さんだったのです。彼女は、再会を喜んでくれ、ベビーカーのそばにいたご主人を呼び寄せて、「ブックスタートの人よ」と、紹介までしてくれました。  

 絵本を2冊読む三芳町のブックスタートでは、1組の所要時間が7~9分。短時間ですが、スタッフは保護者と一緒に赤ちゃんの反応を受け止め、一緒に驚き、笑い、絵本を読み合う楽しさも共感します。だから再会した時には、お互いにとても嬉しいのです。

 さて、そのお母さんは、私に「図書館のおすすめ絵本をいろいろ読み続けているが、最近息子が手におえなくて……」と打ち明け始めました。 8か月児になった坊やが、同じ本ばかり読みたがる。違う本を読むと怒り、図書館に返すと泣く。今日返しに来た『のせてのせて』(松谷みよ子文・東光寺啓絵・童心社)と『ころころころ』(元永定正さく・福音館書店)は、1か月以上、毎日何度も読み、2度も借り直した。子どもには同じ本を好む傾向があるというが、度が過ぎる。今日こそ別の本を借りたいが、また泣くかもしれない、というのです。

 そこで、そのお母さんをカウンターの隅っこに案内し、「絵本の本当の魅力は読んでもらわないと分からないというから、ちょっと聞いてね」と、『のせてのせて』と『ころころころ』をお母さん相手に読んでみました。「息子さんのように、絵とお話に集中してね」とお願いをして……。

 読み終えるとお母さんは、「読み飽きたはずなのに、読んでもらうと2冊ともすごく面白い!」と目を輝かせました。特に『ころころころ』には感銘を受けたようで、「同じ音だけの退屈な本だと思っていたが、まったく違った。不思議な世界に引き込まれた。目からウロコ! 息子の気持ちが分かった」と話してくれました。

 「言葉の響きや絵と音の調和が楽しめる読みきかせには、映画や音楽鑑賞に似た魅力があるみたい。好きな音 楽は何度も聞きたくなるでしょ」と伝えると、彼女は、「私、読み方を工夫して楽しんでみます!」と、また同じ絵本を借りて帰りました。 後日談。結局彼女は、この2冊を坊やに買ってあげたそうです。良かった、良かった。

 保護者との再会チャンスを大切にするのが、ブックスタート・フォローアップの第一歩。絵本や読みきかせのことを気軽に聞ける図書館にしたいですね。

第4回 『ブックスタートからの贈り物』

 8年目を迎えた三芳町のブックスタート。今では町の子育て支援策、子どもの読書活動推進策として欠かすことができません。図書館も、職員やボランティアも、ブックスタートからたくさん贈り物をもらいました。

 そのひとつは、児童室担当職員たちが、子育てに苦戦する母親の気持ちに寄り添えるようになったこと。ブックスタート会場では、疲れ切った表情の母親をよく見かけます。最初は、「絵本どころじゃない」と言われそうで不安でしたが、そんな心配は一切無用でした。我が子が絵本に反応するのを見れば、誰もが顔を赤らめ嬉しそうに笑うのですから。こうした出会いを繰り返すうちに、私たちの中に「頑張れお母さん!」という気持ちが確実に育ちました。また、子どもに本を読んであげるのが簡単ではない家庭が少なくないという現実も知りました。では図書館として、どう働きかけるか。そこが肝心だと気づいたのです。

 ブックスタートで、赤ちゃんの息づかいや表情を受け止めて読むという経験を積み、読み方や絵本を選ぶ目も変わりました。みんなが腕を上げたのです。私たちは、赤ちゃんが絵本に興味を示す姿を保護者に見てもらうことを、ブックスタートの目標のひとつにしています。「分かるんですね!」と驚き、「早く読んであげたい」「パパにも見せたい」といそいそ帰る人が大勢いるからです。 だから、読みながら赤ちゃんの反応をしっかり観察します。そして教えてあげるのです。「愉快な音が好きみたい。音に合わせて足がぴょこぴょこ動いていますね」というように……。

 毎回15分程度の反省会をし、保護者から出た質問、赤ちゃんが絵本のどこでどんな反応をしたかなどを職員、ボランティアの各自が報告。職員はここでの報告を課題とし、赤ちゃんにとっての絵本を考察して、その評価や選書基準を考えるようにもなりました。 何よりありがたいのは、ブックスタート導入後、図書館の絵本貸出冊数が急増したことです。乳児向けおはなし会開催日には、ベビーカーがずらりと並び、児童室に来る父親も増えました。先日は、ブックスタートでもらったラッコのコットンバッグを持参したパパが坊やと一緒に来館し、はたまたラッコのバッグ持参の父子とご対面。互いのバッグを確認し、初対面で笑い合うという愉快な一幕もありました。

 今、三芳町ではブックスタートに続き、2歳児にブックスタートプラス(2歳児歯科健診で読みきかせとともに、絵本1冊プレゼント)、新1年生に小学生時代に読んでほしい本を紹介する冊子の進呈を実施中。図書館の専門性が理解され、3年前には20数年ぶりに司書が正規職員として新規採用されました。ブックスタートよ、ありがとう!

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