コラム

大日向 雅美

  • 発達心理学
  • 恵泉女学園大学大学院
  • 平和学研究科 教授

プロフィール

専門は発達心理学。家族関係や親子問題を心理学の視点から研究している。また、東京都港区の子育てひろば「あい・ぽーと」施設長及び代表理事も務める。『「子育て支援が親をダメにする」なんて言わせない』(岩波書店)『「人生案内」孫は来てよし 帰ってよし』(東京堂)等、著書多数。

第1回 『子育て支援が大きく動き始めている今だからこそ』

昨年8月に「社会保障と税の一体改革」が成立し、子育ての新たな制度作りを目指した子ども・子育て関連3法案が国会で可決されました。これまでの社会保障は「医療」「年金」「介護」だけでしたが、「子ども・子育て支援」が追加され、消費税の引き上げ分から、毎年7000億円が子ども・子育て支援の強化に使われることになりました。日本社会が少子化問題に気づいた1990年の1.57ショック以来、縷々検討されてきた子育て支援ですが、その集大成ともいうべき新制度が、最速2015年春からスタートすることとなり、その具体策を検討する「子ども・子育て会議」も開催されています。

 新制度の特徴は、日本に生まれ育つすべての子どもが健やかに育つ社会を目指していることです。両親揃った家庭で暮らす子も、ひとり親家庭の子も、親のいない子、障害や難病を抱えている子も、また共働き家庭の子や働く母親を持つ子も、在宅で育児をする家庭の子も、都会で暮らす子も地方の人口減少地域で暮らす子も、全ての世帯のすべての子どもの発達を保障すること。しかも、それを全世代の人間が連携して支えることができる社会、女性だけでなく男性も共に子どもの成長過程に関わり、その苦楽を分かち合える社会が目指されています。

 こうして子育て支援の制度に新たな地平が開かれようとしている今日ですが、それを真に実りあるものとするためにも、私たちの意識のあり方が問われることでしょう。最近「セクハラ」ならぬ「マザハラ」と言う言葉が一部の母親の間で使われていると聞きます。以前から「今時の母親は…」という言葉と共に、「しつけ一つできない」等々、母親のあり方や子育ての仕方に冷たい眼差しが向けられてきました。しかし、いつの時代も子どもを育てるのは大変な仕事です。まして初めての育児に戸惑って、時に年配者を驚かせるような言動をしてしまうとしても、致し方のないことではないでしょうか。批判的な態度は抑えて、もっと親に、そして、その子育てに寛容な社会であってほしいと思います。

 もっとも、周囲の人の気持も随分と変わってきています。車内やスーパーなど人の集まる所で子どもの泣き声が聞えると、「お母さんも大変そう。できれば何か手助けをしたい」と心配そうな面持ちになる人もよく見かけます。若い母親も、「マザハラ」と思いこんで体を縮めてうつむいていると、そんな眼差しに出会うチャンスを逃してしまいます。「うるさくてすみません」。「いいえ、赤ちゃんが泣くのは当たり前ですから、気にしないで」とこんな会話を交わしあえたら、母親たちのお出かけももっと楽しくなることでしょう。子育てを仲立ちとして、地域に「支え・支えられてお互い様」の関係を醸成できたらどんなに素敵なことかと、新制度の発足を間近に控えて、優しい眼差しの大切さを改めて思うこの頃です。

第2回 『子育て中の母親たちのつぶやき』

 「こんなはずではなかった!」と言うつぶやきを、母親たちからよく聞きます。母となる日にさまざまな夢を描いていた女性たちです。愛おしいわが子を胸に抱き、その健やかな成長を夫と共に見守る日々は、どんなにかバラ色に包まれていたことでしょう。
 
 でも、いざ子育てに直面してみると、思い通りにならないことばかり。何をしても泣きやんでくれない赤ちゃん。2、3時間おきの夜泣きのつらさは、想像をはるかに超えている。頼みの夫は仕事の疲れもあってか、赤ちゃんが泣いているのにも気づかずに熟睡している。無我夢中の月日を重ねて、やがてはいはいを始めると、その嬉しさもつかの間、どこまでも追いかけまわされて、トイレにもゆっくり入ることができない。せっかく作った離乳食も一口食べて、テーブルにまき散らかされる。たまにでいいから、ゆっくりと湯船につかってみたい。両手を使って、食事をしてみたい。新聞一つゆっくり開くことができず、子どもの世話に追われる日々に疲れ果て、つい些細なことで子どもを叱りつけてしまう。そして、つぶやくのです。「こんなはずではなかった…」と。
 
 こういう声をご紹介すると、「今どきの母親は我慢が足りない」とか「親になりきれていないから、親教育が必要なのだ」などと、批判的な声を寄せる人もいることでしょう。しかし、慣れない子育てに孤軍奮闘する母親たちの窮状は、批判や説教をして解決されるものでは、けっしてありません。何よりも一番苦しんでいるのは母親たちです。心ならずも苛立って、大きな声をあげてしまった後、ほとんどの母親がこうつぶやくのです。「私は母親失格…」「あの子を生んではいけなかったのではないか…」と。テーブルに打ち伏して、肩震わせて泣く母親も少なくありません。これが、元気で、おしゃれで、時に強そうにもみえる最近の母親たちの素顔なのです。
 
 しかし、こういう母親たちも、いつまでも弱者ではいません。ある母親が、「自分は優しい女性だとばかり思っていた。こんな大きな声で叫ぶことがあるなんて、今まで思ってもみなかった」と述懐していたことが印象的でした。一所懸命に子育てに励んでいればこそ、いつも冷静で、やさしいだけの母親ではいられないことに気づくことができたのです。

 自分の至らなさを見つめることは、誰しもつらいことです。豊かな時代に、特段の不自由もなく育ってきたとすれば、自身の弱さや限界に気づくこともなかったことでしょう。そうした中、子育てはまさに自分の力の限界を直視せざるを得ない場面なのです。そこから、等身大の自分自身を受け入れることができたとき、わが子の成長の遅速や個性もまたゆったりと受け入れることができることでしょう。揺れる母親たちを温かく見守っていきたいと思います。

第3回 『地域のシニア世代の活躍に期待!』

団塊世代前後の方々が、今、定年を迎えています。この世代、とりわけ男性たちの必須科目は「キョウヨウ」と「キョウイク」とか。なぜ今さら?と思って耳を傾けてみると、「キョウヨウ」とは“今日(キョウ)、用(ヨウ)がある“こと、「キョウイク」とは”今日(キョウ)、行く(イク)ところがある」との意味とか。自嘲気味に語られるこのフレーズを聞いて、とてももったいないと思いました。
 
 団塊世代前後の男性たちは、日本の高度経済成長を支え、低成長期の厳しい国際競争の中を生き抜いてきた方々です。企業人、組織人としての豊かな知識と技術、人生経験は、地域の宝となるはずです。その力を活かしていただきたいと願って始めたのが、「子育て・まちづくり支援プロデューサー養成講座」(NPO法人あい・ぽーとステーションの主催)です。今春、実施した講座開催記念シンポジウムには350名余の方々が参集し、関心の高さに驚きましたが、その中から2か月に亘って熱心に講座を受講し、晴れて40名弱の方々が「子育て・まちづくり支援プロデュサー」として認定され、活動を始めています。
 
 団塊世代前後の男性は仕事一筋で、地域とは無縁で生きてきたことでしょう。また地域からもあまり歓迎されてきませんでした。現役時代の肩書きをかざして、地域にはなじめない存在、とも言われてきました。そうした肩書きへのこだわり・妙な名誉心を上手に乗り越えていただくことも、講座の内容に盛り込んでいます。しかし、この世代が仕事を通して築いてきたものは、肩書き人間のプライドだけではないはずです。「営業」「経理」「人事」「情報システム」「総務」「企画」「製造・技術」、こうした部門で磨かれた豊かな発想とスキルと経験、何よりも組織人として生きてきた見識を地域に活かしていただければ、これまで女性と子どもだけの世界だった地域に、新たな息吹を吹き込んでいただけるのではないか。そんな願いを込めて、あえて「現役時代の名刺で勝負!」とうたいましたが、この願いは、見事に実を結びつつあるというのが、実感です。

 子育てひろばや学童クラブ等で子どもたちと触れ合い、あるいはフリマでの育児用品のリサイクル活動、特別支援学級でのサポート活動、子育て支援施設でのちょっとした営繕など、その活躍の場は日毎に広く深まっています。私の子育てひろばにも中高年男性の姿が見られるようになって、幼児や親から喜ばれているだけでなく、若いスタッフたちも有形無形のうちに社会人としてのあり方を学ばせていただいています。
 
 地域の子育て力とは、すなわち「人の力」です。NPO法人で「子育て・家族支援者」の養成を始めて8年余り。既に1500名を超える支援者が誕生し、各地で子育て・家族支援に尽力しています。その大半は中高年女性ですが、ここに中高年男性が加わったのです。地域の子どもと親のために尽くしたい、熱い志を胸に秘めた人々が、今、マグマのように動き始めていることをお伝えして、本欄の執筆を終えさせていただきます。

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